夢を見過ぎてましたか?

書いてて悲しくなる話

航空ファン11月号でP-1とP-8Aの徹底比較を謳った記事があったので、期待して開いてみた。
が中身は余りにも分析が不徹底で、4ページ中1ページ分以上が公式リリース済み資料から抜き出した図表や写真の類という有様だった。
そんなことがあって航空情報12月号には一抹の希望を抱いていたのだが、実際に手にとって読んでみて希望はあっさり打ち砕かれた。
P-1の分析が不徹底であるばかりか、有り得ない推測値(しかも何処かで見覚えのある)を載せたり写真のキャプションが明らかに間違ってたりと、航空ファンに負けず酷いものだった。
両誌に共通しているのは、P-1がどのようにMPAとして最適化された設計なのかを全くもって具体的に検証していないこと、その検証に必要なある数値が適当極まりない数値かそもそも触れてもいないことだ。
また調達情報などに列挙されている各種搭載機材の情報に何一つとして触れてなかったり、アヴィオニクスについて政策評価の範囲にすら到達してなかったりもする。
とりあえず無視できない間違いのある航空情報から突っ込んでいく。


まず18ページ上に掲載された写真、キャプションではJA2008にて展示されたXF7-10とされている。
実際に見に行った人間なら有り得ないと即断出来るだろうし、見に行かなくても写真のそれがXF7-10などでないことは明らかであろう。
写真に写っているのはIHIがアフターバーナ技術取得の為に社内開発した低バイパス比ターボファンエンジンで、大型機用高バイパス比ターボファンエンジンたるXF7-10とは全く違う。
そもそもXF7-10の実物はJA2008に持ち込まれてすらいないし、同会場で展示されていたGEnx等の様なスケールモデルすら存在するかどうか怪しい。(エコエンジンの実大カットモデルはあったが)
XF7-10と並んでパネル展示だったXF5-1と間違えるならともかく、そのパネルのイメージ図すら無視してXF7-10と間違えるのは幾らなんでも酷い。
でもってもう一つが17ページ下段の比較データで、一部推定値とはなっているが推定にしたって限度というものがある。
まず最大離陸重量が80,000kgとなってるが、XP-1のそれは標準離陸重量であってP-3CやP-8Aのそれと同列に並べて良いものではない。
もう一つ問題なのが翼面積を130sqmとしていること、これについては是非とも出展なり推定の根拠なり聞きたいものだ。
P-1の投影イメージ図はC-2と併せて多数の媒体で複数種公開されており、また基本的な寸法もとっくの昔に公開済みである。
然るにそうしたイメージ図から翼面積を割り出すことは決して難しい話では無い、極端な話がフォトショと電卓で簡単に求まるのだ。
しかもP-1の主翼は単純な直線で構成されており、胴体交差部の割り出しなどを含めても各数値は簡単に判る筈。
中央部・先端及び後縁が一段折れる部分の翼弦長と、この3箇所間のそれぞれの長さを台形を求める式に放り込んでやれば翼面積はあっさり求まる。(C-2は後縁が直線だからもっと簡単だ)
当方の推定値はガラクタ倉庫解説文中にある通りで、航空情報の推定値よりずっと大きい。(それでも控えめに割り出した数値ではあるのだが)
というか130sqmというのはUS-1AやUS-2よりも小さいということになるのだが、疑問に思わなかったのだろうか。
ちなみにこの130sqmという数値を当方が最初に確認したのはイカロスが去年末に出したムック本で、こちらはエンジン推力すら推定値と更にどうかと思う内容だった。(間の悪いことに技本発表会がその1ヶ月ほど前)
まさかこれをそのまま写したんじゃあるまいな?


と言った感じで、他にも重箱の隅を突きたいが際限無いので程ほどに。
さて翼面積についてこれだけつらつら書き連ねたのは、この値がP-1とP-8A他を比較する時に非常に重要であるからだ。
主翼の大きさが航空機の性能に大きな影響を与える、などと言うのは今更当方が説明せずとも判るであろう。
そしてP-1とP-8Aの翼面積にはおよそ3割もの差が生じることになり、その性能にも大きな差が生じ得ることは容易に理解できる筈。
端的に言ってしまえば、翼面荷重と翼内燃料容量に大きな差が出るのだ。
P-1とP-8Aは重量だけならほぼ同クラスと推定されており、翼面荷重の値は翼面積によって大よそ決定される。
ここで注目すべきは、基本離陸重量下におけるP-1の翼面荷重がP-3Cのそれとほぼ同じ値であること。
つまりP-1の機体デザインはP-3Cのエアフレームを重量に比例して順当に拡大したものと解釈できるのだ。
一方のP-8Aは重量がP-1クラスでありながら、翼面積はP-3Cと10sqmも違わない、つまりP-3Cと比較しても高翼面荷重であると言える。
これはP-3Cとの比較であるが、ではP-3C以外のNimrodやS-3などといった固定翼哨戒機と比較した場合はどうであるか、それを以下の表に示す。
なお基本離陸重量はP-3Cの数値(64.4t→56t)を参考に最大離陸重量の87%とし、翼面荷重及び出力荷重はそれぞれの値で別個に求める。
またエンジン形式の違いによる単位の違いはそのままとし、ジェット/プロップ混載機はそのままで合計値とする。

  MTOW(kg) BTOW(kg) 翼面積(sqm) 合計出力(kg)(shp) 翼面荷重(kg/sqm) 出力荷重 翼面荷重*出力荷重
P-1 NA 80,000 170 24,400 NA/470 NA/3.27 1536.9
P-8A 85,370 74,271 130 24,493 656/571 3.48/3.03 1730.13
S-3A 23,831 20,732 55.56 8,414 428/373 2.83/2.46 917.58
Nimrod MRA.4 105,376 91,677 235.8 28,122 446/388 3.74/3.26 1264.88
Nimrod MR.2 87,090 75,768 197.05 22,062 441/384 3.94/3.43 1317.12
Il-38 63,500 55,245 140 17,000 453/394 3.73/3.24 1276.56
P-3C 64,400 56,000 120 18,400 536/466 3.5/3.04 1416.64
PS-1 43,000 37,410 135.8 12,240 316/275 3.51/3.05 838.75
Atlantique 43,500 37,845 120 11,460 362/315 3.79/3.3 1039.5
P-2J 32,060 27,892 92.9 5,700shp+3,100kg 345/300 3.64/3.169 950


この通り、P-3CでさえMPAとしては高翼面荷重であり、一般的な傾向としてはかなり低い値ばかりであることが判るかと思う。
P-1の翼面荷重はそのP-3Cに比して1%以下しか変化しておらず、この面に関してはP-3Cと同等であると言ってよい。
一方でP-8Aの翼面荷重はP-3Cより22%も増加しており、MPAとして要求されるであろう機動性を満たせるのか怪しいところがある。
MPAはただ漫然と低高度を飛行するわけではなく、搭載するセンサや投下物にとって最適なポジションに位置する為に旋回や上昇降下を繰り返す。
翼面荷重の高さによってそうした機動が制限されるとなれば、センサの性能を最大限に発揮することは出来ず、効果的に目標を攻撃することも困難となる。
要するにプラットフォームの不備を搭載品側で補わなくてはならない、ということになってしまうのだ。
http://www.flightglobal.com/articles/2008/07/11/225255/competition-quickly-forms-for-new-air-launched-torpedo.html
記事は要約すると「新しい脅威に対抗する為に高度を高く保ったまま魚雷を投下できるようにするキット」ということだが、P-8Aでこれを運用するのは低空に降りて従来通り投下するのが難しいからと邪推させられる。
確かに低高度で魚雷を投下する必要が無くなるのであればそれに越したことはないが、この方法は魚雷側に負担を押し付けていると言い換えても良い。
余計な稼動部分が増えることで投下に失敗する可能性は増大するし、魚雷搭載本数が減る可能性さえある。
しかも魚雷の命中率向上には何ら寄与しないのだから、使わないで済むならその方が良い。
まぁこんなキットを使わないで魚雷本体の投下高度限界を引き上げれば良いのだが、それはそれで新たな出費を要求することになる。
プラットフォームの都合で長年使ってきた魚雷や対潜爆弾が使えなくなる、というのはあまり良い話では無いだろう。


さて翼面積が出たところで燃料搭載量についてさくっと計算してみる。
まずP-8Aは両主翼及び中央翼に合計26,025L/6,875GALと胴体下部に15,263L/4,027GALで合計41,288L/10,902GALの燃料搭載量を有し、重量に直すと75,169ポンド/34,096kgとなる。
http://www.boeing.com/commercial/airports/arff/arffp8a.pdf
http://www.boeing.com/defense-space/military/p8a/specs.html
ではP-1の燃料搭載量は?となるが、P-8Aとの翼面積の差を元に翼内燃料を1.3倍すると33,832.5L/8,937.5GALとなり、P-8Aの総燃料搭載量よりやたらと少ない。
ところがより翼面積の近い757-200の数値を元に計算すると39,033.9L/10,311GALと全く違う結果になる。
http://www.boeing.com/commercial/airports/arff/arff757.pdf
P-1と同じ4発機である707-100の数値から計算した場合、燃料搭載量は48,072L/9,635GAL40,003.4L/10,567.9GALと更に変わってしまう。
http://www.boeing.com/commercial/airports/arff/arff707.pdf
理由は至極簡単で、機体によって平均翼厚が全く違い、特に双発機と4発機では荷重の問題から翼端付近の翼厚が違ってしまい、翼面積と比例しないのだ。
仕方ないので投影図から容積を推定してみると、ウィングボックス構造を翼端まで燃料タンクとした場合は少なくとも42,668L/11,271GAL以上の容量があると推定される。
これは中央翼/内側パイロン部/翼端それぞれ3箇所の最大翼厚から2箇所間の平均最大翼厚を(翼厚1+翼厚2)/2として求め、ウィングボックスの平均翼厚を最大翼厚の0.6倍とした時の数値だ。
もちろん投影図自体が荒く精度の低いものであること、平均翼厚が全くもって適当であることを考えるとあまり参考になる数値とは言い難い。
ただ前述した各機との比較数値と併せて考えると、P-1の翼内燃料搭載量は概ね40,000L台であると推定される。


最後にP-1のMPAとしての能力について考えてみる。
まず各誌を見ていて目立つのが、センサの能力やドンガラの性能だけを論じていて、肝心要のアヴィオニクスについてさっぱり考察していないということ。
技本の資料などにもあるように、P-1をP-1たらしめる最も重要な構成要素は先進戦闘指揮システム、通称ACDSだ。
機種検討資料ではレーダや音響システムを押しのけて最上項に掲げられているこのシステムは、いわゆる人工知能を用いて戦術情報処理を行いワークロード低減と意思決定の迅速化を狙ったものである。
類似するシステムとしてAegis C&DやひゅうがなどFCS-3搭載艦に搭載されるACDSがあるが、P-1のそれはSH-60Kと兄弟関係にある、つまりSH-60Kで既に実現しているのだ。
http://www.mod.go.jp/j/info/hyouka/13/jigo/youshi/03_01.pdf
http://www.mod.go.jp/j/info/hyouka/13/jigo/honbun/03_01.pdf
http://www.mod.go.jp/j/info/hyouka/13/jigo/youshi/03_02.pdf
http://www.mod.go.jp/j/info/hyouka/13/jigo/honbun/03_02.pdf
評価資料にある通り、P-1とSH-60Kのシステムは同じ枠組みの中でそれぞれ研究されていたのだ。
実は水上艦艇用のACDSも全く同じ時期に研究が進められていて、結果出来あがったものも非常に良く似ていると言える。
http://www.mod.go.jp/j/info/hyouka/13/jigo/youshi/02.pdf
http://www.mod.go.jp/j/info/hyouka/13/jigo/honbun/02.pdf
人工知能による情報処理の高速化とワークロードの低減と行動計画の提示、それによってもたらされる意思決定及び行動の迅速化と正確さの向上。
P-1もSH-60Kもひゅうがや19DDのそれも、根底にあるのはこのような発想だ。
迅速化と正確さの向上、これは何も最近になって現れた発想ではなく、70年代あたりから顕著に軍事兵器の一つのあり方として見られる。
前述したAegis Systemの開発は60年代から始まっており、ASMSとして進んでいた計画にAegisの名が冠されたのは69年のこと、最初の搭載艦Ticonderogaは83年に就役した。
大幅な自動化を進めたAN/APG-63を搭載したF-15の原型機が初飛行したのは72年、そして同様の自動化を進めた音響システムを搭載しASW戦術を塗り替えたP-3Cが海軍に納入されたのも69年。
これ等の兵器が一時代を築いた背景には、こうした根本的な部分でそれ以前とは隔絶した能力を有していたからに他ならない。
単にセンサ類の性能が優れていたから、とかであれば他にも優秀な兵器は幾らでもあるし、プラットフォームも様々なものがあった。
だが優れたセンサが得た情報を迅速かつ正確に処理し、即座にプラットフォームの行動に反映させるには高度な自動化が欠かせないのだ。
F-15P-3Cではセンサが取得した情報の高速かつ正確な処理に留まっていたが、Aegis Systemでは更に処理した情報から最適な行動計画を提示し行動の迅速化まで達成している。
P-1やSH-60Kが目指したのもこのレベルの自動化で、航空機というプラットフォームの制約を考えれば非常に大変な挑戦であったと言えよう。(P-3Cと同レベルなどと書いた某誌はちょっと頭冷やそうか)
そして意思決定と行動の迅速化は、プラットフォームの高速化さえも要請する。
例の機種検討資料ではP-1の速度性能について、「静粛化した潜水艦の囲い込みが可能な巡航速度」「極力短時間で魚雷による再攻撃が可能な哨戒速度」と要求していることが判る。
巡航速度の高速化は既知であろうが、哨戒速度についてまで高速化を要求しているのは見逃せない。
これは翼面荷重の話にも繋がるが、魚雷投下高度での旋回能力と飛行速度の向上がP-1には求められているのだ。
要するにACDSによってワークロードが減少した分だけ、更なる行動の迅速化がプラットフォームとそれを操作するクルーに求められていると言う訳である。
情報処理の負担が減ったからと言って楽をさせて貰える訳ではない、という軍事兵器の悲しい性とも言えよう。
さて翻ってP-8AにACDSの様なシステムがあるのか、あるいは開発されているのか、と言うとどうにも怪しい。
どの資料を見てもやれセンサがどうのだとかOA化だとかそんなのばっかりで、ACDSに類するシステムの存在はさっぱり見つけられないのだ。
当方が見落としているだけならそうであることを願うが、仮にACDSに類するものをP-8Aに実装しても、パフォーマンスの完全な発揮は困難であろう。
P-1に比して劣悪なプラットフォームの性能が足を引っ張り、意思決定を迅速化しても行動が追いつかなくなってしまうからだ。
センサ類に関して言えば後から幾らでも性能向上の余地は有るし(と言っても余地の大小はあるが)、情報処理システムにしてもP-3Cの様にあとから積むことは不可能ではない。
しかしプラットフォームの性能はどうしようもない、これを改善する為に必要な措置は前者二つより遥かに大掛かりにならざるを得ないのだ。
だからこそ海自はP-8AでもP-3C改造でも無く、完全に新しいプラットフォームによって構成されたP-1を選択したのである。
搭載するアヴィオニクスのパフォーマンスがプラットフォームの性能上の問題によって妨げらる、これが兵器システムとしても装備開発の有り方としても非効率的であることは疑いようが無い。


以上の様な考察を当方は各誌に期待していたのだが、残念なことにそれは適わなかった。
今後は恐らくC-2についても同様に各種特集が組まれるであろうが、その時に果たしてどの様な考察が見られるのか。
当方が現時点で確実に言えるのは、判らないと言っている情報の多くは公開情報の海の中にちゃんと存在しているということだ。
P-1の搭載機材についても実に40品目以上が既存の調達情報に掲載されているし、アヴィオニクスについての情報も前述の通り政策評価等に記されている。
翼面積だってどの範囲を示すかぐらいは航空工学の入門書レベルでも書いてあるし、それで投影図から翼面積という情報を引き出すのは決して難しいことではない。
にも関わらずそういった情報取得努力もせず、適当な推定値で済ませて次に進むのはあまり褒められた態度では無いだろう。
ましてや雑誌の特集でやることではない、少なくともマニア向けであるならば。
あんまり適当な仕事してると模型誌や防衛・技術系の専門誌に客取られちゃうぞ?