滑走距離の話

C-2の滑走距離は例のカタログでは離陸2300m着陸2400mである。
これは他の戦術輸送機のカタログ値と比べると長い、と良く言われる。
一例としてライバル機と目されることの多いA400Mは、100tでのカタログ値が離陸980m着陸770mとなっている。
だがこの比較には離陸重量の違いを抜きにしても落とし穴がある。
C-2の数値は「Takeoff Field Length」であり、A400Mの数値は「Tactical Takeoff Distance」なのだ。
前者は離陸滑走路長、後者は離陸距離と訳されるが、両者の算定条件は全く違う。
http://www.jal.co.jp/jiten/dict/p277.html#03
掻い摘んでいってしまえば、離陸滑走路長はエンジントラブルなどの非常事態に陥っても安全に離陸続行/中止が可能な距離である。
一方で離陸距離は地面を離れてから35ft上昇するまでの距離で、更に上昇分を考慮しないと離陸滑走距離「Takeoff Roll」とか「Takeoff Run」となる。
要は民間で運用する際に要求する最大値を記したのがC-2で、軍で頻繁に運用する数値での実際に使う最低限の距離+αがA400Mなのだ。
と言う訳で両者のカタログ比較は何の意味も無いのであった。


ではC-2の「Takeoff Distance」あるいは「Takeoff Roll」はどうなのか。
離陸滑走距離S0は(0.989/最大揚力係数CLmax)*(翼面荷重(W/S)/推重比(T/W))によって求められる。
C-2の最大離陸重量時で計算すると式の後半は(141,100/242)/(54,200/141,100)≒1517となり、これに(0.989/CLmax)が掛け合わされる。
試しにCLmax=1.5とすると離陸滑走距離S0はおよそ1000、つまり燃料貨物満載でも1000mで地面から浮き上がってしまうことになるのだ。
妥当なCLmaxの値が判らないので、これ以上先には残念ながら進めないが。


では揚力係数を決める諸要素はどうであろうか。
翼型については超臨界翼型ということくらいしか判らないのでパス、高揚力装置について見ていく。
C-2は内側が二重隙間フラップで、Il-76あたりで見られる小型ベーンではなく777(あるいは767等々)のように収納時の露出面が多い大型ベーンを用いてる。
ただし777は面積を二分する位置でバキっと折ったような分割だが、C-2は折るというよりスライスするような分割になっている。
刺身でも切るような感じで面積割り増しだ。
外側は単一のファウラーフラップでやはり777と似たようなもの、というか後縁高揚力装置の構成は777と同じ。
補助翼が高揚力装置を兼ねるフラッペロンかどうかは判らないが、少なくとも初飛行時の写真等でそのような動作は確認できてない。
前縁高揚力装置は翼付け根から先端まで分割なしのスラット、ここは分割ありスラットとクルーガーフラップ付きの767及び777とは違う。
これは寧ろAn-124と同じ、というのは以前書いたとおり。
以上がC-2の高揚力装置の構成、では他機はどうか。


An-70は後縁が内外ともに二重隙間フラップ、前縁もエンジンで分割されてるがフルスパンのスラットという構成。
かなりの高翼面荷重にも拘らず離陸距離が短いという性能の背景には、プロップでありながら前縁スラットまで装備するという徹底さがあるというわけだ。
A400Mは後縁が内外ともに二重隙間フラップ、前縁は高揚力装置無しという構成。
ただし二重隙間といってもIl-76のような小型ベーンが申し訳程度に付いてるだけ、ちょっと見ただけでは単一ファウラーフラップと勘違いしかねない。
実は古い資料だと777のようにばっさり二分したような面積配分の二重隙間フラップだったのだが、結局止めてしまったようだ。
更に遡ってFIMAと呼ばれてたころのイラストだと前縁にも高揚力装置らしき分割線が見える。
高揚力装置に頼らず翼面荷重を低くすることで離陸距離を短くしようという発想で、An-70とはまるっきり正反対。
両機はこれらに加えてプロペラ後流効果が加わり、揚力係数を更に高くする。
ただしプロップ推進の技術的な出力限界ラインに立ってしまったのもまたこの2機であるが。

民転の話三度

先日のXC-2納入と前後して久方ぶりに民転話が顔を出してきたのであるが、防衛省からも検討資料が公表されるに至った。
http://www.mod.go.jp/j/approach/agenda/meeting/kaihatsukokuki/sonota/sonota.html
特にYCXについては以下のKHIから提出された資料に詳しい。
http://www.mod.go.jp/j/approach/agenda/meeting/kaihatsukokuki/sonota/005-2.pdf
あまり新しい情報は無いが、KHIのYCX及び各種競合機に対する認識を確認できるという点では非常に重要な資料だ。
またエアライン側がAn-124/Il-76/L-100の後継機候補と見ていることや、An-124では過大な需要にYCXが適していると考えていることもわかる。
13ページでA400Mに対し運用コストと巡航性能で優位に立つことから民転に適するとしているが、そもそも比較対象はA400M以外の戦術輸送機or戦略輸送機でも同じこと。
そして巡航性能も最終的には運航コストへと結び付くのだから、運航コストの安さこそがYCXの売りと言っても良い。
逆に導入コストで明確な優位性は無い。
強いて言えばBC-17やL-100J、Il-76MF等の新造機よりはマシかもしれないといった程度である。
だがいつまでも中古機で需要を満たせる訳もなく、そこに運航コストの安さを引っ提げてYCXを売り込む訳だ。
CISと中国を除いてなお200機以上の需要が見込まれるということで、全部掻っ攫ってしまえば空自向けどころかA400Mの発注分すら追い抜ける数字が掲げられている。
欧州7カ国+少々合わせても200機以下の需要しかないのかと見るか、Il-76ユーザーの大半を除外してもなお空自向けの5倍もの需要があると見るかは少々考えるが。