ライバル達と眷属どもの動静
A400Mの重量
本日目出度く飛行試験機が完成しお披露目と相成ったA400M。
FTBがまだ飛んでないとか初飛行が9月以降になりそうだとかまだまだ遅延フラグが尽きないこの機体だが、AirbusMilitary公式サイトを見たらスペックシートの数値が微妙に変わっていた。
InternetArchiveに残ってる数値と比較してみると、主に重量関係での増加と航続距離の変化が確認出来る。
まず最大離陸重量が4.5t、最大着陸重量が2t、燃料重量が2.7tそれぞれ増加している。
次にペイロード37t/30t時の航続距離が共に50海里増加、逆にフェリーレンジは50海里減少している。
最後に離陸滑走路長が236m減少、着陸滑走路長は142m増加している。
さて各数値が変化した原因として推測されるのは、やはり自重の増大であろう。
以前のMTOW/OEW比率1.95を141tという新しい数値に当てはめた場合、自重増加量はおよそ2t程度と推測され、最大着陸重量の増加量と合致する。
ただしこの自重増大が何によってもたらされたのかは判らない。
強度試験開始直後に伝えられた各部の強度不足を解消するための措置によるものか、燃料重量の増大を補うためのものか、或いは重量増加を招く仕様の追加があったのか。
もっともこうした数値の変化は設計作業の進行に伴うものとも考えられるし、吹かしの入っていた計画値が現実的な数値に修正されただけと言えなくもない。
その数値を元に比較したりするマニアにとってはたまったものじゃないが。
P-8Aの燃料
航続距離が短いのではと一部で囁かれているP-8A。
原型機である737の航続距離から推測した上での話なのであながち的外れでもないが、そんなことはBoeingとて承知のこと。(そうでなきゃ色々とまずかろう)
以下は737とP-8Aの燃料タンク及び可燃物に関する空港消防隊向け資料であるが、燃料タンクの容量と構成が示されている。
http://www.boeing.com/commercial/airports/arff/arff737.pdf
http://www.boeing.com/commercial/airports/arff/arffp8a.pdf
見ての通り、P-8Aの燃料タンク容量は737の最大オプション容量より更に多いことが判る。
標準仕様の737は主翼及び中央翼のみを燃料タンクとしているが、オプションでは中央翼前後の胴体下部にある貨物室に補助燃料タンクを追加することも可能である。
このオプションを使用した737-700ERの場合、最大レンジは10,200kmにも達する。
P-8Aの航続距離については1200海里進出して4時間の捜索が可能としか判っていないが、フェリーレンジは少なく見積もっても8000km以上あると思われる。
さてP-8Aの燃料タンク構成を見て何か言いたい人も多いであろう。
この構成、明らかに爆弾倉とソノブイランチャーの存在を無視している。
前方タンクについてはまぁ良しとしよう、しかし後部タンクはどう考えても爆弾倉と干渉する、というか爆弾倉を潰しているようにしか見えないのだ。
百歩譲ってこれが「爆弾倉に補助燃料タンクを搭載可能とするオプション」であるとしよう、それでもソノブイランチャーに干渉する。
それとも主脚収納部の隙間を縫ってちまちまと落すのだろうか。
加えてこれが本当に上述したようなオプションだとしたら、P-8Aの「最大燃料容量」は全くもって比較俎上に上げる意味の無い数値ということになってしまう。
こんなものが通用するなら、P-1だろうがP-3だろうがNimrodだろうが爆弾倉や外部パイロンに燃料タンク吊ってMTOWギリギリまで燃料注げば良いということなのだが。
An-70の貨物室
An-70はA400M及びC-2の直接的なライバルと目されており、またこれらの中で最も貨物室容積及びペイロード限界が大きい機体でもある。
特に注目すべきは兵員輸送能力の大きさで、A400Mの116人という数値に対してAn-70は実に300人と倍以上もの人数を輸送可能としている。
だが幾らなんでも両機の貨物室容積に倍以上の差がある訳ではないし、MTOWもそんなかけ離れた数値ではない。
では一体、何がこれほどの差を生じさせているのだろうか。
その疑問の答えは、An-70の特殊な仕様にある。
まずはこの透視図を見て欲しい、注目して欲しいのは貨物室の真ん中あたりを仕切っている板だ。
http://www.aeronautics.ru/img002/an70-cutaway-diagram.jpg
42番の番号が振られたこの部品は、図中に書かれている通り取り外し可能な上部デッキフロアなのだ。
この上部デッキを使うことによって、An-70は床面積をおよそ2倍に増やし、300人もの兵員を収容可能としている訳である。
これを裏付けるように、An-70の三面図や写真ではC-2やA400Mなどには存在しない上部デッキ用の非常脱出扉が確認出来る。
http://www.aeronautics.ru/img002/an70-3-way-diagram.jpg
http://www.aeronautics.ru/img002/an7003.jpg
(しかし767よりも小さい機体に777並みの人数を詰め込むというのは凄まじい話である)
さてこの上部デッキフロアによって床面積を倍増させるという発想、何処かで覚えがないだろうか。
そう、3/8に書いた民転駄文のコメント欄で出てきたWingDiaryの記事、C-2の二段積みオプションだ。
駄文を書いた時は冗談半分でULDコンテナを二段積みした場合の積載量を試算したが、それをKHIが実際に検討しているらしいというオチが付いたという話である。
軍用輸送機は主翼を胴体の外側に追いやることで胴体空間を単一の貨物スペースに仕立てるのが一般的だが、旅客輸送機は主翼の上面を境に胴体を上下に仕切って貨物室と旅客スペースを設けるのが常道である。
単一の貨物室容積でみれば前者が効率的なのは言うまでもないが、床面積という観点からは後者の方が遥かに優れているということになってしまう。
この状況を打破する手段の一つが、An-70の上部デッキフロアであり、C-2の二段積みオプションだ。
額面通りに受け止めれば、デッキ一つで規格外貨物にもコンテナ貨物にも効率的に適応できるわけで、民間転用を目指すC-2にとっては極めて魅力的なオプションと言えよう。
もっとも、デッキやそれを支える構造の追加は重量増大を招くことにもなり、重量効率もまた低下するのは避けられない。
民転に伴う改造で幾らかの軽量化は可能であろうが、それを帳消しにするほどの重量増加もまた可能性としてはあり得る訳だ。
まぁ現時点では差し引きゼロになればめっけもの、とでも期待するほか無いのだが。
YPXについて
YPXとは−掻い摘んで説明するとP-1の技術とコンポーネットを活用した、100席〜150席クラスの5列座席機構想である。
727やDC-9系列の機体を代替し得る、もっと突き詰めて言えばBombardierのC-seriesと競合し得る機体でもある。
と言ったところでこんなニュースが出てきた。
http://www.nikkan.co.jp/news/nkx0120080627000aaab.html
どう見てもYPXです、本当にありがとうございました。
この130席という数字が何処から出てきたのかと言えば、恐らくBoeingの主力製品である737-700を念頭に置いたものと思われる。
737-700は150席クラスの機材であるが、4種類ある737NGシリーズの中で-800に次ぐ売れ筋商品でもある。
一方で130席クラスの-600は現時点で70機弱しか売れておらず、魅力に欠ける機材と市場で看做されてしまっている。
つまりBoeingとしては売れ筋商品の-700より下のクラスを補間する、このクラスに最適化された新たな設計の機体が欲しいのだ。
また787が767より大型化したことでその下のクラスに当る機材、737後継機(計画名Y1)もまた大型化する可能性がある。
そうなると機体のカバーし得る座席範囲は737より更に上がってしまい、140席クラスの機体を派生させても売れなくなるということにもなる。
そもそも旅客機の座席数は胴体長を変えることで一つの基本設計から派生させるが、その範囲には限度というものがある。
あまりに胴体長を長くすると主翼が支え得る機体重量を超えてしまうし、逆に短過ぎる胴体は運航費が座席数に見合わなくなってしまう。
かと言って主翼まで変更してしまっては事実上の別機種となってしまい、派生させる意味が薄れてしまう。
以下の表は主翼を同じくする機体の最大派生型と最小派生型の座席数を比較したものである。
なお座席数はwikipediaに記載された各派生型の最大座席数とし、座席数比は最大型座席数/最小型座席数とする。
機種 | 最大型座席数 | 最小型座席数 | 座席数比 |
727 | 189 | 149 | 1.268 |
737NG | 215 | 132 | 1.628 |
757 | 289 | 234 | 1.235 |
767 | 351 | 290 | 1.21 |
777 | 451 | 400 | 1.127 |
787 | 330 | 250 | 1.32 |
A320 | 220 | 117 | 1.88 |
A330 | 335 | 293 | 1.143 |
A340 | 380 | 313 | 1.214 |
A350 | 412 | 312 | 1.32 |
YPX | 148 | 103 | 1.436 |
MRJ | 96 | 80 | 1.2 |
C-jet | 145 | 125 | 1.16 |
CRJ | 104 | 70 | 1.485 |
E-jet | 118 | 78 | 1.512 |
SSJ | 98 | 63 | 1.555 |
737NGとA320シリーズの座席数比が突出していることが見て取れよう。
1.628と言うことは、737-900は737-600の1.628倍もの座席数があるということである。
同機の主翼は-600から見れば本来の性能を6割も超えて使用されているとも言え、逆に-900側からすれば本来の性能の6割しか引き出していないとも言えるのだ。
実際には737NGの場合だと中間クラスの-700と-800が最も売れており、-600も-900も適切な機体規模から逸脱した機材というわけだ。
A320シリーズでもこの傾向は変わらず、基本型であるA320と次いでA319が売れており、最大型のA321はやや苦戦、最小型のA318は殆ど売れていない。
こうした中でY1が787の下をカバーし得るまでに大型化した場合、つまり最大で250席程度までカバーするようになるとどうなるか。
単純に737NGの座席数比を当てはめると最小型座席数は一気に150席強まで跳ね上がり、それより下は全くカバー出来なくなるのだ。
実際には250席まで拡大するとも考え難いが、逆に座席数比も縮小させると思われるので下が150席に留まるという可能性も低い。
さて仮にE-jetの比率を単一の主翼が効果的にカバーし得る限界として座席数比1.5とした場合、Y1は下が150で上は240という機体になると考えられる。
この150席型Y1の更に下を補間する機材として、YPXは都合の良い機体規模となっている。
と言ったところで最初の記事に戻ると、MHIの発表では100-130席クラスとなっており、Y1よりも現状の737NGの補間を念頭に置いてるように見える。
そもそもYPX構想を主導しているのはKHIであり、何ゆえMHIからこのクラスの機体構想が出てきたのか意図を図りかねるところだ。
将来的にはMRJやF-X/FS-Xの開発生産に注力しなければならないMHIが、Boeingと単独で話を進めているかどうかさえ怪しい。
JADCやSJACとしては国内企業同士での競合など全力で避けたいであろうし、KHIやFHIが進めてきた要素技術開発の成果をMHIやBoeingが放って置くとも考え難い。
旅客輸送機の製造設計技術は何もKHIだけが有している訳ではなく、NEDO主導でKHIやFHIなどに分散してそれぞれで技術開発を進めており、だからこそYPXの様な構想も出てくる訳である。
何より記事中にあるようにBoeingがC-series潰しを本気で狙っているのであれば、MRJの開発生産を控えているMHIだけに話を持っていくのは不自然だ。
ローンチ時期を記事中では2010年ごろと見積もっているが、余りに遅いとC-seriesが足場を固めてしまい、C-series潰しという目的が果たせなくなってしまう。
従ってBoeingはMHIと併せてYPX構想に合流しようとしている、と考えた方がこの場合は自然である。
YPXは既にエアライン各社への市場調査を活発化させており、5列座席機を新たに開発する敲き台としては非常に都合の良い構想だ。
また基本設計はMRJやC-seriesほどには固まっていないので、仕様変更の余地も多く残っている。
つまり記事中にあるような100-130席クラスにYPXを仕様変更し、早期ローンチを実現することでC-seriesにぶつけようという魂胆だろうと考えられる。
ただ前述したとおり、Y1が大型化すると100-130席クラスではギャップが生じてしまい、商品ラインナップを補間するという目論見が将来的には崩れてしまう可能性がある。
もしBoeingが本気で100-130席クラスの機体を求めているとすれば、Y1は大型化せずに787とのギャップを埋める別の機体が開発されるかもしれない。
あるいはY1を大型化した上で100-130席として作られた機体を737のように大型化するか、初めから100-150席クラスの機体をと考えを変えることもあり得る。
何にせよまだ仕様策定段階に過ぎない訳で、機体規模については今後の続報を注視するほか無い。
ちなみに一番最悪なのがMHIにだけ話を持ってきて、C-seriesだけでなくYPXまで潰すというシナリオ。
ただし前述したようにMRJで手一杯のMHIにだけ話を持ちかけても、果たしてMHIが乗ってくれるかどうかという疑問がある。
Boeingとてデスマ中の787と未だ構想が固まらないY1が控える中で、Bombardierだけでなく767以来の付き合いがあるKHIやFHIまで敵に回すとも考え難い。
何より現時点でのYPX構想にはMHIは殆ど関与しておらず、そのMHIを離反させたところで構想に大きな影響が生じ得るとも思えない。
であれば寧ろYPX構想に積極的に関与して、自社ラインナップを補間し得る機材にした方が得策であるとBoeingが判断しても不思議ではない。
記事はMHIの方針ということだったので、BoeingやKHIがどのような反応を示すか注目である。