90式戦車

1990年8月6日に「90式戦車」の名で制式化、開発は三菱重工
開発開始は「74式戦車」が制式化された1970年代半ばで、仕様決定と試作車の製作は1980年代に入ってから行われた。

主砲を除いて全て国産技術が用いられており、主砲の120㎜滑腔砲*1「ラインメタルRh120」も国内でライセンス生産されている。
全体の仕様は、いわゆる西側第3世代戦車*2の水準を満たしており、「61式戦車」から始まった陸自の戦車として始めて世界水準に追い付いたと言える。

エンジンは液冷2サイクルのディーゼルで2段過給によって1500馬力を達成し、尚且つ「74式戦車」と同じ排気量に抑えられている。
足回りは油気圧懸架式サスペンションとトーションバー*3の組み合わせで、「74式戦車」同様に油気圧の調整で車体を前後に傾けることが出来る。
ただし左右の調整はオフミットされており、これは射撃統制装置*4の性能向上により必要とされなくなったためである。
射撃統制装置には大容量のデジタル弾道コンピュータが採用されていると言われ、砲安定装置*5やYAGレーザー測距と相まって高い命中率を叩き出している。
また走行間射撃時*6の命中率も非常に高く、米国ヤキマ演習場で米軍関係者を驚かせたと言う。
砲弾の装填にはフランスの「ルクレール」と同じベルトリンク式の自動装填装置が採用され、走行時でも確実かつ安全に装填する事が可能となっている。
また前面投影面積の減少や射撃間隔の短縮にも貢献しており、初期不良の改善によって信頼性も高いものとなっている。
ちなみに装填はスイッチを押す事で後部バスル*7の弾庫から押し出され、数秒で砲に装填される。

装甲はいわゆる複合装甲*8が用いられており、車体と砲塔の前面に集中的に使われている。
肝心の装甲防御力であるが、一般によく言われる評価では全備重量50tと第3世代戦車としては軽く、防御力も低いというものである。
また装甲面が垂直面で構成されており、避弾経始*9を無視しているといった批判も聞かれるが、何れも的外れと言わざるを得ない。
まず重量についでであるが、これは単純に車体容積が他より小さいというだけのことである。
防御すべき部分が少なければ、装甲を適用する部分もまた少なくなるということだ。
また装甲に採用されている素材が、チタンやセラミック*10といった軽量な部類である事も注意しなければならない。
英国の「チャレンジャー1」で採用された「チョバムアーマー」系列の複合装甲には重金属が用いられていると言われ、米国の「M1エイブラムス」でもA1HAタイプ以降では劣化ウランを砲塔前面に封入している。
重金属系の複合装甲は重量対強度の面でセラミック系の複合装甲に劣ると言われており、単純な素材の比較でもセラミックの圧縮強度は劣化ウランの数十倍から数百倍にも達している。*11
ちなみに、セラミック系の複合装甲を採用していると言われているのは「90式戦車」以外にはドイツの「レオパルド2」とフランスの「ルクレール」だけだと言われており、米国では新たにセラミック素材の研究開発予算が組まれたと伝えられている。
避弾経始については、現代の戦車戦闘で使われる高速鉄鋼弾には無意味となっているのが実情である。
現代の戦車砲砲弾の主流である「装弾筒付翼安定徹甲弾」略称APFSDS*12の初速は1650m/sにも達し、タングステンを使用したタイプの装甲貫通力は均質圧延鋼鈑*13に換算して650㎜以上、劣化ウランを使用した米軍のタイプでは700㎜にも及ぶ。
湾岸戦争で米軍に撃破されたイラク軍の戦車*14には、丸い避弾経始に優れた砲塔の上部や主砲の側面から非常に浅い角度で衝突しているにも関わらず、兆弾することなく貫通している。
では如何にして防ぐのか、その答えが垂直に切り立った複合装甲である。
元々複合装甲は化学エネルギーを用いた成形炸薬弾*15の攻撃を防ぐために開発されたもので、単一素材による装甲防御力の向上が限界に来ていた為でもあった。
当初はAPFSDSに対しての効果は殆ど無いとされていたが、APFSDSによる装甲貫徹プロセスの解析やセラミック素材の研究結果が広まるにつれ、防ぐ事が出来るのではとの認識が広まってきた。
セラミック系の装甲は、如何にして弾くのかではなく如何にして受け止めるのかという観点から生み出されたものであり、いわば「Ⅴ号パンター」から「Ⅵ号ティーゲル」への回帰である。*16
実際の防御力については「90式戦車」の試作車両で行われた被弾試験の結果から推測が可能である。
試験の内容は必要な儀装を全て施した試作車両に、120㎜滑腔砲*17を最も威力を発揮する距離から前面装甲に向けて射撃するのである。
試験ではAPFSDS弾とHEAT-MP弾が合計10発前面装甲に向けて撃たれ、試作車両は貫通弾無しで走行にも影響無しという結果であった。
ちなみに、この時豚が中に入っていたのだが、終ってみれば衝撃によって死んでいたということである。*18
豚用のシートベルトがあれば生きていたかもしれないが、何れにせよこの試験は「90式戦車」の装甲防御力が非常に高いものである事を示している。
余談ではあるが、「レオパルド2」のA5タイプから装備された「ショト装甲」と呼ばれる楔形の追加装甲を指して避弾経始への回帰などと記述している解説書や雑誌が数多く出回っているが、APFSDS弾に対する認識共々間違いである。
避弾経始がAPFSDSに対して役に立たないのは前述した通りであるが、「ショト装甲」についての記述もかなり間違っているものが見受けられる。
「ショト装甲」の内部は数枚の仕切り板があるだけで、積層装甲などでは無い。
原理は省くが、早い話「ショト装甲」はAPFSDS弾をもっとも装甲の厚い箇所に偏向する効果を持っているのである。
HEAT弾や旧式の鉄鋼弾に対しては空間装甲としての効果も持つが、APFSDS弾に対してはこの程度の厚さの鋼鈑では装甲としての効果は期待出来ないのだ。

「月刊GroundPower」No.131での一戸氏の記述によれば、「ショト装甲」のAPDSDS弾に対する屈折効果は期待できず、複合装甲部をAPFSDS弾以外の小口径弾やHEATの被弾から保護するのが目的と言う考察がなされている。
複合装甲部の防御力を保つ為の装備と言う事らしいが、何れにせよ避弾経始の概念が対APFSDS弾で重要とは言い難い。

最後に調達価格についてだが、何かと高過ぎると批判されがちな自衛隊の装備としては世界水準と同程度かやや低めである。
初期の調達価格は約11億で現在は8億前後*19まで下がっているが、西側第3世代戦車としては言われるほど高いわけでもないのだ。
チャレンジャー2」「ルクレール」の調達価格は10億前後にもなり、「レオパルド2」の最新型も国内向けで7億以上、輸出用は10億以上と言われている。
量産効果によって価格を抑えているはずの「M1エイブラムス」も最新型ではやはり7億に達しており、サウジ向けに輸出されたものは数十億とも囁かれている。
また噂レベルではあるが、「レオパルド2」を採用した国は国産戦車の開発をしないという契約内容を飲んでいるとも言われる。
噂の真意はともかく、戦車に限らず一度でも兵器を輸入に頼ってしまえば、国産技術は簡単に失われてしまうのだ。
主力戦車を輸入に頼るべきという声も聞かれるが、現実には安易で軽率と言う他無い。
なお注意しなくてはならないのは、頻繁に比較に出される「レオパルド2」や「M1エイブラムス」の価格が、初期タイプのものであるという事である。
また初期に配備された車両も、その後の改良によって更に価格が上乗せされていると考えなければならない。
そして忘れてはならないのは、この2つは何れも1980年代に制式化された車両であるという事である。
絶え間ない改良といえば聞こえは良いが、何のことは無い、ただ単に10年か15年分時代遅れになった分を取り返そうとしているだけである。
90式戦車」が制式化以後大きな改良を受けてない事を批判する向きもあるが、既に十分なまでの性能を備えているのだから大掛かりな改良も必要ないのだ。

*1:砲身内部にライフリングの無い砲

*2:一般的にはドイツのレオパルドⅡ以降に出現したものを指す

*3:捻り棒を使ったサスペンション:安価かつ大重量を支える事が可能

*4:風向や車体の状態を元に弾道計算を行い照準する為の装置

*5:走行時の車体の揺れや発砲時の衝撃を和らげる機構

*6:走りながらの射撃:大抵の戦車は精密射撃をする時は車体を停止させて発砲する

*7:砲塔後部に突き出た区画:初期の戦車は後付だったが最近は砲塔と一体化したデザインになっている

*8:二種類以上の性質の異なる材料によって構成される装甲

*9:装甲板を斜めに傾けるなどして被弾時に弾丸を弾く事を狙った設計手法:装甲を傾ける事によって見かけの装甲厚も増大する

*10:一般にはアルミナが用いられる

*11:圧縮強度はアルミナ10GPaに対して劣化ウラン1GPa:単位密度辺りの圧縮強度は理想状態で25倍近い開きがでる

*12:砲弾をライフリングによる回転ではなくフィンによって安定させる徹甲弾

*13:RHA:複合装甲以前に戦車の装甲に使われていた鋼材:機械的特性が全体で均一になるため装甲性能の基準となっている

*14:イラク軍の主力はソ連製のT-55とT-72の廉価版である

*15:HEAT:炸薬を逆円錐状に加工して爆発エネルギーを一点に集中するようにした弾丸で榴弾とは原理も用途も異なる

*16:何れも大戦中のドイツ軍主力戦車:Ⅴ号は避弾経始を取り入れた設計だがⅥ号は装甲厚を単純に増やしたような設計

*17:使用された砲や砲弾の詳しい種類は不明

*18:開発関係者の一人が自分が中に入って確かめると言い出したので豚を替わりに入れたと言われている:ただこれはデマの類であり実際にはダミー人形を使ったとも言われている

*19:平成17年度予算では7億代にまで下がっている:ちなみにこれは89式装甲戦闘車より1億弱高い程度