異端と王道と

エンジンの数と形式の話

C-2とP-1のエンジン数が違う、というのは要求の違いから来るものであるが、P-1のそれが生存性を高めるためであるのは容易に理解できる。
しかし生存性が要求されるのは戦術輸送機も同じであろうと考えるが、C-2は双発である。
同規模のA400MとAn-70は4発であるし、これらの代替対象であるC-130とAn-12も4発だ。
ならばC-2(あるいはTu-330)が双発になったのは一種の退化と思ってしまいそうになる。
だがことはそこまで単純ではない、ここにはエンジンの形式、即ちターボファンターボプロップの違い、そして機体規模の問題が絡んでくる。
さて、ここで唐突だがターボプロップ4発の機体とターボファン双発の機体を列挙してみよう。

C-130 4,500shp*4 80t
C-133 7,500shp*4 129t
An-12 3,945shp*4 61t
An-22 15,000shp*4 250t
An-70 14,000shp*4 145t
ベルファスト 5,730shp*4 104t
A400M 11,000shp*4 141t
C-1 6,570kg*2 38t
C-2 27,000kg*2 141t
An-72/74 6,500kg*2 34t
YC-14 23,000kg*2 113t
Tu-330 18,100*2 112t


これ以外のターボプロップ軍用貨物輸送機は全て双発、ターボファン軍用貨物輸送機は全て4発である。
というかターボファン4発は試作止まりの某機を除いて全て戦略輸送機だ、と言ったところで機体規模に着目すると、ターボプロップの機体が4発である理由は容易に想像できるであろう。
最もMTOWが軽いAn-12でさえ61tにもなり、これを当時使用可能なターボプロップで飛ばすには4発でなければ十分なパワーを得られなかったのだ。
A400Mが装備するTP400に要求されたパワーは既存欧米製ターボプロップエンジンでは到底満たせないほど強力なものであったが、それでも4発装備しなければならない。
TP400の例を挙げるまでもなく、ターボプロップが機体の大型化に不利であることは、現在までに実用化された戦略輸送機7機種中5機種がターボファンであり、残存するターボプロップ戦略輸送機が僅かに1機残るだけのAn-22という事実を見れば明らかであろう。
にも関わらずターボプロップが選択されるのは、ターボファンと比較したときにSTOL性の確保が容易であるからだ。
ターボファンは機体規模の大型化に必要な高推力を得るには適しているが、STOL性の確保はターボプロップに対して不利な面がある。
ターボプロップはプロペラ後流が主翼に当ることで対気速度が遅い状態でも揚力を発生させられるが、ターボファンではそのようなことは出来ない。
故にターボファンでSTOL性を確保するにはUSB方式やらEBF方式やら4重隙間フラップやらと複雑な機構を使うことになり、小型の戦術輸送機で実用化したターボファン機はC-1とAn-72/74だけになってしまったのだ。
本邦がC-2で再びターボファンを選択したのは、STOL性以上に長距離展開の為の速度が求められたこともあるが、最大の理由は機体規模の大型化であろう。
ちなみに4発でなく双発にした理由は簡単で、整備時間短縮と双発でも十分すぎるほどの推力が得られるからである。
高バイパス比ターボファンエンジンの発展速度は恐ろしいもので、今やC-17クラスの機体を双発で飛ばせるほどの化け物エンジンが世界中で何百基と稼働してるのだ。
馬鹿げた推重比にものを言わせて無理矢理短距離で離陸させようという発想が生まれても何ら不思議ではない。


こうして改めて見た時、C-2とA400Mは機体規模こそ似通っているが、新しい時代のハイエンド戦術輸送機に対するアプローチとしては全く正反対であると気付かされる。
A400Mはターボプロップ戦術輸送機のコンセプトに基づいて従来のそれを大型化したのに対し、C-2はターボファン戦略輸送機のコンセプトに基づいて逆にそれを縮小したと考えられるのだ。
この考えは両機の巡航速度からも導き出せるもので、A400Mの速度が従来の戦術輸送機の域に留まっているのに対し、C-2は広域への展開に実用上極めて意味のある速度を達成しようとしている。
新世代の戦術輸送機はかつての戦略輸送機の雄C-141に匹敵するほどまでに大型化してしまったが、機体規模以外の能力が従来の戦術輸送機の枠に留まっているのでは、折角の機体規模も航続距離も宝の持ち腐れである。
その意味では従来の戦略輸送機もその能力を持て余していた訳であるが、C-2にこのような能力を求められたことは戦術輸送機に求められる能力の変化を表していると言えよう。


ついでに与太程度のオマケ話だが、戦術輸送機に2度もターボファンを採用してきた本邦は世界的に見れば現時点では異端である。
そもそもターボファン戦術輸送機自体が上に挙げた6機種だけでアメリカ製の2機種は試作止まり、Tu-330は未だペーパープランでAn-72/74はソ連の同クラスの輸送機と比べると生産数が桁一つ少ない。
同じ頃の欧州で作っていたのは全てターボプロップ輸送機、結局彼らはターボファンの軍用輸送機を一度も作ることなく、英国がC-17をリースするまで運用経験すら無かった。
何しろ西側で実用化した唯一のターボファン戦術輸送機は馬鹿げた政治決定により輸出されることなく生産を終了してしまったため、本邦以外の西側諸国がターボファン戦術輸送機を運用する機会は今日まで訪れなかったのだ。
紙上検討段階ではA400Mにもターボファン案があるにはあったのだが、運用経験の欠如が同案に対してマイナス要因となったことは想像に難くない。


タイヤ数の話

航空機にとって降着装置は厄介なシロモノである、というのも飛行中は全く使わないのに場所を取るわ重い素材を使うわでデッドウェイトそのものなのだ。
恐らく設計者にとってはコクピットと並んで無くしたいものの筆頭に挙げられるだろうし、過去には本当に無くしてしまった航空機も存在する。(XF-85とか)
しかし航空機は何時までも飛び続ける訳にはいかないし、それが人や貨物を運ぶ旅客機輸送機であれば目的地に着いたら着陸しなくてはならない。
しかも航空機が降りる地面は常に頑丈なコンクリ固めであるとは限らないのだ。
柔らかい地面に降りるにはタイヤの数を増やして設置面荷重を分散させればよいが、タイヤの数を増やせば上述したデッドウェイトの増大を招く。
従って機体規模と離着陸性能の要求に見合うように降着装置の構成を決めてやら無ければならない。
軍用貨物輸送機のタイヤ数が民間の旅客機より多くなる傾向にあるのは、不整地での運用という特殊な要求あってのことである。
また機体規模が大きくなるほどタイヤ数が増えるのも当たり前の話であり、空港によっては滑走路面強度の都合から受け入れ可能な機体が制限される。
この強度を示す指数がPCN値で、機体側の荷重指数であるACN値と合せてACN/PCN方式と呼ばれる。
以上のことを踏まえた上で、以下の表をじっくり眺めていただきたい。

機種 カテゴリ メイン ノーズ MTOW MTOW/(M+N)
An-225 special 28 4 600t 18.75
An-124 strategic 20 4 405t 16.875
An-72 tactical 4 2 33t 5.5
An-70 tactical 12 2 145t 10.357
An-22 strategic 12 2 250t 17.857
An-12 tactical 8 2 61t 6.1
Il-76MF strategic 16 4 210t 10.5
C-5B strategic 24 4 381t 13.607
YC-14 tactical 8 2 113t 11.3
YC-15 tactical 8 2 99t 9.9
C-17 strategic 12 2 265t 18.928
C-27J tactical 4 2 31t 5.166
C-141B strategic 8 2 147t 14.7
C-130H tactical 4 2 70t 11.666
A400M tactical 12 2 136t 9.714
C160 tactical 8 2 49t 4.9
C-2 tactical 12 2 141t 10.071
C-1 tactical 8 2 45t 4.5
IL86 wide 12 2 215t 15.357
IL963 wide 12 2 250t 17.857
DC1010 wide 10 2 195t 16.25
MD11ER wide 10 2 285t 23.75
720 narrow 8 2 100t 10
703 narrow 8 2 151t 15.1
712 narrow 4 2 54t 9
722 narrow 4 2 95t 15.833
731 narrow 4 2 49t 8.166
739 narrow 4 2 85t 14.166
741 wide 16 2 333t 18.5
744ER wide 16 2 412t 22.88
753 narrow 8 2 123t 12.3
762 wide 8 2 142t 14.2
763F wide 8 2 186t 18.6
772 wide 12 2 247t 17.64
773ER wide 12 2 351t 25.071
783 wide 8 2 165t 16.5
789 wide 8 2 244t 24.4
306F wide 8 2 170t 17
312 wide 8 2 141t 14.1
318 narrow 4 2 68t 11.333
321 narrow 4 2 93t 15.5
332 wide 8 2 230t 23
342 wide 10 2 275t 22.916
346HGW wide 12 2 380t 27.142
388 wide 20 2 560t 25.454
388F wide 20 2 590t 26.818
P-8 asw 4 2 85t 14.166
P-7 asw 4 2 77t 12.833
P-3 asw 4 2 64t 10.666
P-1 asw 8 2 80t 8


aswとspecialはオマケ、ボーイングエアバスの旅客機は長ったらしいので略称。
戦術輸送機のタイヤ1個当たり重量が、どれも非常に少ないことがお分かりいただけるだろうか。
戦略輸送機も同クラスの旅客機と比べれば格段に少ない、ある機体を除くと。
並べ替えてみれば一目瞭然だが、高度なSTOL性と不整地運用能力を謳っているにも関わらず、タイヤ1個に掛かる重量が異常に大きい機体が1機だけある。
C-17だ。
軍用輸送機の中ではAn-124どころかAn-225すら抜いてトップの高荷重、旅客機でもこれより上は9機種しか居ない。
勿論、実際の滑走路面に掛かる過重負担は着陸速度やタイヤのサイズ、ボギー構成などによっても左右されるのでこれだけで判断するのは早計である。
しかしC-17は軍用輸送機としては紛れも無く高荷重の機体だと断言出来る。
http://archive.gao.gov/t2pbat3/152088.pdf
日本の各種軍事関係メディアが褒めちぎって止まないスパホの化けの皮を容赦無く引っぺがした鬼畜監査集団、GAOのレポートである。
皮肉にもスパホ同様に国内の軍事メディアが褒めちぎって止まないC-17の、本邦で運用する上での致命的な問題点がここには示されている。
C-X選定で空自がSTOL性だけならそれなりに優れているC-17に離着陸の項でバツをくれてやった最大の理由、C-5すら上回る滑走路面への負担だ。(GAOレポートではACN値ではなくLCN値)
空自の戦術輸送機は何も空自の滑走路だけ使えれば良いという訳でなく、陸自のちっぽけな滑走路やろくに整備されていない民間の小規模空港でも離着陸しなければならない。
そこへもってC-17など入れたらどうなるか、以下のニュースを見れば想像できよう。
http://www.strategypage.com/military_photos/200771233240.aspx
http://www.redorbit.com/news/business/988340/ruined_runway_reopens/index.html
要するにC-17の謳ってる不整地運用ってのは、降りた先の滑走路を耕して使い物にならなくしても機体側が耐えればオッケー♪というノリなのだ。
そんなC-17の派生型をボーイングはAMC-X候補機として提案してるようだが、Il-76ならまだしもC-17でC-130の後継機なんてまず無理だわな。
という訳でオイラはC-17の導入など有り得ない、性質の悪い寝言だと断言する次第である。
ちなみにP-8Aも例のオフザケ見積もり資料で滑走路の項に△が付いてたが、海自のASW機が滑走路面荷重を何処まで考慮するかは不明である。