ストライカー構想とRMA

冷戦終結以来、世界各地では湾岸戦争に代表されるような地域紛争が多数発生している。
一方で大国同士の全面戦争が勃発する可能性は、冷戦構造の解消に伴って低下しつつある。
ここに来て、米軍は新たな戦略を選択する事となった。
「世界の警察官」として地域紛争の火種を早期に消すべく、緊急即応部隊の戦力強化に乗り出したのだ。
その中心となるのが、米陸軍緊急即応部隊「ストライカー旅団戦闘チーム」通称「SBCT」である。
それまでは戦争初期に投入される部隊は海兵隊が主役であり、陸軍は空挺部隊しか即応部隊として投入する事が出来なかった。
「SBCT」はその隙間を補完する形で編成され、また海兵隊の初期投入部隊よりも高い戦力を持たせる事が求められた。
その鍵となるのが、「ストライカーICV」を始めとする軽量の各種車両群である。
これらの車両は戦術輸送機「C-130」*1への搭載が可能なるように設計されており、これによって高速かつ広域に渡っての展開が可能となっている。
また高度情報処理能力の付与によって従来の同クラスの車両を超えた戦闘能力を持ち、まさにハイテクの塊と言っても良い。
主力となる「ストライカーICV」は、スイスのモワク社製装輪装甲車「ピラーニャ」シリーズをベースとし、開発は同社を買収したGMディフェンス・カナダ社とGDLS社の共同で行われた。
「ピラーニャ」は海兵隊の「LAV」シリーズの原型でもあり、陸軍と海兵隊が似通った車両を装備する事となった。
「ストライカーICV」と車体を共通化させた指揮通信車両*2や火力支援車両*3、対戦車車両*4等も開発されており、同一コンポーネットによる多数の派生型は「ピラーニャ」「LAV」と同じ車両である事を思わせる。
しかし「ストライカー」シリーズが決定的に違うのは、部隊間の情報共有システムを開発当初から搭載しているという点である。
無人偵察機や他の部隊から送られてくる情報をリアルタイムで処理伝達し、それに基いて攻撃を行うという、これまでの兵器には無かった特徴を備えているのだ。
軍事における革命、通称「RMA」と呼ばれる潮流の一端がここにある。
その根幹となるのは、戦場において如何に情報を得、伝達し、処理するかという、情報処理能力の劇的な向上である。
湾岸戦争において、多国籍軍イラク地上軍を一方的に撃破出来た背景には、上空から絶えず地上部隊を監視する「E-8JointStars」*5の存在があった。
また精密誘導兵器の発達によって高精度の攻撃が可能となり、高精度の情報をリアルタイムで生かす事が出来るようになった事も大きい。
この「戦場の情報」を末端の兵士にまで行き届くようにしようという構想も米軍の中にはあり、「SBCT」がその実戦部隊でのモデルケースとなりうるのではとの期待もあったと思われる。
「SBCT」に「RMA」が結びついたのは、限られた重量の中で戦闘能力を高めるためには、情報を武器として活用するのが最も効果的だったからである。
実際、正規軍との戦闘で「RMA」の思想が効果的なのは湾岸戦争やユーゴ空爆等で実証済みであり、狙い自体は外れていない。
しかし、イラク戦争終結後のイラク国内における「対テロ」戦争では「SBCT」も思わしい戦果を挙げてるとは言いがたい。
不正規軍との戦闘、ゲリラ戦術を取る敵に対しては、「RMA」思想も殆ど効果を挙げていない。
これは対ゲリラ戦闘が、人間の目の数と手数に大きく依存するからに他ならない。
車載コンピュータによって遠方の装甲車が友軍か敵軍かは判別出来ても、目の前に居る男が一般市民なのか、服の下に爆薬を巻き付けたテロリストかは判別出来ないからである。
また「ストライカー」シリーズは情報処理能力が強化されている以外は普通の装甲車と変わりなく、装輪車両である点では寧ろ装甲防御力に限界がある。
戦車不要論の項*6で指摘した通り、対ゲリラ戦闘で装甲防御力を疎かにする事は即ち兵士の無用な死を招くという事である。
そもそも「SBCT」は戦争初期に投入されるべき緊急即応部隊であり、本来であれば重装甲車両を装備した主力部隊と交代しているべきなのである。
「SBCT」構想で勘違いされるのが、ハイテク装備によって従来の戦車や装甲車に取って代わる存在だと思われがちな事である。
単に情報処理能力を強化したくらいでは基本的な戦闘能力の差を埋めるのは難しく、また装輪装甲車である事自体がその差を更に押し広げている。
装輪車両が装軌車両に対して優れているのは値段と路上走行速度、足回りに被弾しても行動不能になり難い程度で、路外走破能力や車体容積、安定性といった戦闘車両として重要な性質は大きく劣る。
何よりも装甲防御力の限界が装輪車両は低く、市街地戦を重視するイスラエル軍で装輪車両が殆ど採用されてないのはこの為である。
また「RMA」思想も兎角勘違いされやすく、某財務省官僚が「中央公論」に寄稿した一文では、その勘違いに基く主張が全面に押し出されていた。
RMA」とは情報処理能力の強化や部隊間の情報伝達をスムーズに行うもので、基本的には従来の装備運用を効率化する為にある。
ここで大きな壁となるのが、車載コンピュータなどに莫大な費用がかかるという事である。
RMA」思想は究極的には兵士一人ずつに無線LAN付きノートパソコンを支給するようなもので、通信仲介システムも含めれば恐ろしい額の費用がかかるのは当然と言える。
通信システムは敵の妨害にも耐えなければならないため民間の技術の流用は難しく、本家の米軍ですら車両間の通信速度が電話回線並みという有様である。
RMA」による効率化とは如何に自軍の犠牲を抑え敵軍の被害を増やすかという意味での効率化であり、会計上での効率化などとはまず縁の無いものである。
RMA」思想に基いて近代化を進めている各国、特に欧米や中露が兵員数や装備の保有数を減らしているのは、単に予算の都合上に他ならない。
限られた予算の中で質と量はトレードオフの関係にあり、「RMA」思想以前の問題なのである。
RMA」はコストパフォーマンスを劇的に改善する魔法などではないのだ。
更に「対テロ」戦争では兵員数が何よりも重要なのであり、軽はずみに不確定な技術に手を出して限られた予算を浪費する事は許されないのである。
我が国における「RMA」は、北朝鮮によるゲリラ戦闘と中国による正規軍同士の戦闘の双方を念頭に置かなければならず、他国より大きなジレンマを抱えていると言っても良い。

*1:西側ベストセラー中距離輸送機:搭載量約25t

*2:車内容積を拡大して通信機器を増設した車両

*3:トーチカや敵車両への攻撃を行うための火砲を搭載した車両:この場合は105㎜砲搭載型

*4:戦車が随伴していない場合に敵戦車に対処する為の車両:大抵は対戦車ミサイルを搭載している

*5:地上部隊を監視する為のレーダーと処理装置一式を備えた監視機

*6:http://d.hatena.ne.jp/heinkel/20050116